注目のソーシャル アクション

映画「闇の子供たち」

-児童売買解決のために、わたしたちができること-

上映前、この映画と対峙することに怯え、最後まで直視できるかと不安を抱きながら、席についていました。そして、上映後どうやって帰路についたのか思い出せないほど、茫然自失し、この映画の訴えている現実に、いまも衝撃を受けています。

映画の中の子供たちは、助けを求めることを忘れるほど、絶望している。いっぽう、上映中、また映画館を出た後も、何度も「助けて」と心のなかで叫ぶことができた私には、所詮これは映画でしかないのです。正直にいえば、映画を見る側であったことを、私は心の底から感謝さえしたのです。しかしいま、この瞬間にもこの卑劣な行為は行われ続けている。

映画は、ふたつのセイ<生と性>という人間の最も深く根源的な欲望につけいり幾重にも重なり合った負の連鎖を打ち破ることは無謀だと、そしてそれでも救おうとするNGO職員たちをひたすら無防備で非力に描いていて、救いはない。

けれども、先進国に住み、自由を享受するすべての人はこの醜悪な現実に目を向ける義務がある。そうした意識が力となり、被害者をひとりでも減らすことが出来ると信じたい。
たとえば、以前ソーシャルプレーヤーのコーナーでも紹介した若い女性や子供たちへの暴力防止と相談を行う「ポラリスプロジェクト」や、カンボジアの児童買春問題に取り組む「NPO法人かものはしプロジェクト」へのサポーターとしての参加。
夏休み、旅行をするのであれば、この映画を応援している「Code of Conduct(子ども買春防止のための旅行・観光業界行動倫理規範)」に参加している旅行会社を選択するということもできる。

そして、もうひとつ描かれているのは、自分さえよければというご都合主義。登場する醜悪な大人たちは罪を犯していることさえ自覚していない。感覚の麻痺の危険性。それは、資本主義という激しい競争社会の中で、自分さえよければという、行き過ぎた個人主義や、なんでもお金で済ませる拝金主義が一因だとわたしには思える。そして、ネット社会は他者を非現実化し、その痛みに鈍感になり、思いやることを欠落させる。「だれでも良かった」と見ず知らずの人にナイフを向けるこの国の若者たちにはそうした傾向がみられないでしょうか。

そういった観点からも、また多くの問題の根底にある貧困という観点からも、幼少期の教育を変えていくことは、解決の糸口なのかもしれません。
テストを行わない「シュタイナー教育」の普及は、多種多様な価値観を尊重する社会への変革が期待できます。
また、タイ・ラオス・カンボジアの貧しい子供たちの就学支援をする「ダルニー奨学金」を運営する「日本民際交流センター」では、パソコンの壁紙(子供たちの可愛らしい笑顔)を購入することや、不要な本やCDを送ることで募金できるシステムがあります。

ラストの映像が訴えているように、人間のもっとも根源的な欲望をついた犯罪だけに、私たち一人一人がいつ加害者となってもおかしくないとうことを、忘れてはならない。

まずは、誰もが目を背けるタブーを扱ったために、これほどまでの人気キャストが揃いながら、わずかな上映館しか確保できていないこの映画を見に行くこと。それはこの問題を解決する大きな一歩となるはずです。

「闇の子供たち」サイトはコチラ↓
http://www.yami-kodomo.jp/

全世界の現状を地図で表示したり分かり易く人身売買についてまとめたサイト「MTV EXIT」↓
http://www.mtvexit.org/jp/index_flash.html