IIDキャンドルナイト2009 IIDでスローな夜を 2009年06月20日(土)
1年でもっとも長い昼が終わり、ようやく夜に変わる頃、廃校となった小学校の正門を抜けると、幾多のキャンドルがゆらめき、幻想的な夜の入口にわたしを招き入れてくれました。
IID 世田谷ものづくり学校が開催するキャンドルナイトは4回目。この日はIID がプロデュースする二子玉川のFARMERS MARKET内ゆっくりとカフェでも、1周年記念パーティーとキャンドルナイトを開催。また今年もIID近隣のバーやレストランも参加し、街全体が電気を消してキャンドルの明かりに包まれました。IID内では教室や廊下に灯るキャンドルの中「おとなのための宮沢賢治朗読会」や「星を見よう」など銀河を感じさせるプログラムが行われました。
今回わたしが参加したのはCINEMA dub MONKSというバンドの「GO SLOW ゆっくりとライブ」。
ウッドベースを中心に、時に情熱的に、時にやさしく、様々な曲調で奏でられる短い曲に合わせ、セピア色の写真が壁1面に映し出される。木立のシルエットや建物に移りこんだ影、どれもありがちな風景の断片。ライブが進行するにつれ次第に抽象化し、写真から奇妙な円や点といった画像にかわる。やがてまたいつか見た街の風景にもどり、しばらくして突如、演奏が終わった。
短い夢をいくつも見た浅い眠りから目覚めた感じ。バーチャルではない夢のような現実。ライブが終わった後、瞑想後のようにとてもすっきりしたのが不思議です。普段使わない感覚を使ったからでしょうか。
一緒に行った友人は目を閉じて音を楽しんでいました。もしかしたら耳をふさいでいた人もいるかもしれない。そんな心象風景を受け手に自由に喚起させる、余白のあるライブでした。
ライブを体験して感じたのは「いつからわたしたちは自らの感情まで他人にゆだねてしまったのだろう。」ということ。
流行の映画は私たちにこれでもかとCGを駆使し、大音量で視覚、聴覚を強烈に刺激してくれる半面、想像の余地はない。テレビはタレントのコメントにまでテロップをつけ、笑いどころを教えてくれる。ゲームソフトひとつでスポーツを自宅にいながらにして体験できるけれど、バーチャルワールドでは真夏の太陽の暑さを、冬の日の水の冷たさを感じることはできない。
遊びや娯楽における「楽しむ」という行為まで、作り手にコントロールされてしまっている気がしてなりません。わたしたちは他人に誘導してもらえないと感じることさえできなくなってしまったのでしょうか。
多くのビジネス書や、ドラマなど、右脳の重要性をテーマにしたものが増えています。洪水のように流れてくる情報をシャットアウトし、五感を研ぎ澄ますこと。想像力の羽を伸ばし、心の声に耳を澄ます。そんなシンプルな体験こそが豊かな精神を育み、右脳を活性化してくれるのではないでしょうか。環境問題喚起のためのイベントとして、主に認知されているキャンドルナイトですが、それだけではなく、鈍感になってしまった心の自由を取り戻すよろこびを教えてもらった夜でした。
週に1度、月に1度でもいいから、電気を消してキャンドルを灯したら、わたしのあわただしい毎日も豊かな日々にかわりそうです。今夜、お土産にもらったキャンドルを灯して「ゆっくりと」過ごそう。
By Social concierge Satoko SAKAI
社会貢献活動の広報サポート
NPO ソーシャル コンシェルジュ
注目のソーシャル アクション
IIDキャンドルナイト2009 IIDでスローな夜を 2009年06月20日(土)
1年でもっとも長い昼が終わり、ようやく夜に変わる頃、廃校となった小学校の正門を抜けると、幾多のキャンドルがゆらめき、幻想的な夜の入口にわたしを招き入れてくれました。
IID 世田谷ものづくり学校が開催するキャンドルナイトは4回目。この日はIID がプロデュースする二子玉川のFARMERS MARKET内ゆっくりとカフェでも、1周年記念パーティーとキャンドルナイトを開催。また今年もIID近隣のバーやレストランも参加し、街全体が電気を消してキャンドルの明かりに包まれました。IID内では教室や廊下に灯るキャンドルの中「おとなのための宮沢賢治朗読会」や「星を見よう」など銀河を感じさせるプログラムが行われました。
今回わたしが参加したのはCINEMA dub MONKSというバンドの「GO SLOW ゆっくりとライブ」。
ウッドベースを中心に、時に情熱的に、時にやさしく、様々な曲調で奏でられる短い曲に合わせ、セピア色の写真が壁1面に映し出される。木立のシルエットや建物に移りこんだ影、どれもありがちな風景の断片。ライブが進行するにつれ次第に抽象化し、写真から奇妙な円や点といった画像にかわる。やがてまたいつか見た街の風景にもどり、しばらくして突如、演奏が終わった。
短い夢をいくつも見た浅い眠りから目覚めた感じ。バーチャルではない夢のような現実。ライブが終わった後、瞑想後のようにとてもすっきりしたのが不思議です。普段使わない感覚を使ったからでしょうか。
一緒に行った友人は目を閉じて音を楽しんでいました。もしかしたら耳をふさいでいた人もいるかもしれない。そんな心象風景を受け手に自由に喚起させる、余白のあるライブでした。
ライブを体験して感じたのは「いつからわたしたちは自らの感情まで他人にゆだねてしまったのだろう。」ということ。
流行の映画は私たちにこれでもかとCGを駆使し、大音量で視覚、聴覚を強烈に刺激してくれる半面、想像の余地はない。テレビはタレントのコメントにまでテロップをつけ、笑いどころを教えてくれる。ゲームソフトひとつでスポーツを自宅にいながらにして体験できるけれど、バーチャルワールドでは真夏の太陽の暑さを、冬の日の水の冷たさを感じることはできない。
遊びや娯楽における「楽しむ」という行為まで、作り手にコントロールされてしまっている気がしてなりません。わたしたちは他人に誘導してもらえないと感じることさえできなくなってしまったのでしょうか。
多くのビジネス書や、ドラマなど、右脳の重要性をテーマにしたものが増えています。洪水のように流れてくる情報をシャットアウトし、五感を研ぎ澄ますこと。想像力の羽を伸ばし、心の声に耳を澄ます。そんなシンプルな体験こそが豊かな精神を育み、右脳を活性化してくれるのではないでしょうか。環境問題喚起のためのイベントとして、主に認知されているキャンドルナイトですが、それだけではなく、鈍感になってしまった心の自由を取り戻すよろこびを教えてもらった夜でした。
週に1度、月に1度でもいいから、電気を消してキャンドルを灯したら、わたしのあわただしい毎日も豊かな日々にかわりそうです。今夜、お土産にもらったキャンドルを灯して「ゆっくりと」過ごそう。
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